デス・オーバチュア
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剣は剣に過ぎない。 例え、自らの意志を持とうが、人の言葉を話そうが、人の姿をとろうが、自らが剣であるという本質は決して変わることはなかった。 剣。 他者を傷つけるための物、命を奪うための物。 剣と他の生物の最大の違い。 それは有機物ではなく無機物……鉱物からできているという物質的なことだけではない。 最大の違いは、自らの所有者、使い手……つまり、マスター(主人)を必要とすることだった。 十神剣もその例に漏れない……というより、十神剣は他の伝説になるような魔剣や聖剣の類よりもその性質が強い。 意志や言葉を話すだけの武具なら他にも存在するが、人の姿を取ることができるような武具は基本的に十神剣ぐらいである。 人の姿を取るという能力はすでに武器としての範疇を超えているといってもいいからだ。 例えば異界竜の牙。 十神剣を上回る硬度と戦闘本能を持つ純粋なる剣。 彼? 彼女?……は意志を持つが、人の姿を取ることはおろか、喋ることすらできない。 また、意志も人格と呼ぶには乏しく、純粋な破壊や殺戮に対する衝動しか有していなかった。 意志を持ち、自らの意志で自らの体を動かせるのなら、一見、使い手を必要としないようにも思えるかもしれないが、実際はそうではない。 例え、自分の方が相手を支配し、操る形になろうと、自分を『持ってくれる』使い手は絶対に必要なのだ。 それゆに、異界竜の牙は、自らの使い手に相応しいだけの器を有していないネツァクにすら反応したのである。 ネツァクを仮の主人とし、『外』に出て……真の主人を捜したかったのだ。 「まあ、気持ちは解らなくはないよ」 ネツァクは、異界竜の牙の貼り付けられている壁の横に座り込んでいた。 「でも、あんただけじゃなくて、姉さん達だって同じなんだよ。人の姿がとれるといっても、人型をとっている間は常に力を……自らの存在を消費するから、力の補給をしてくれる主人を持たない状態では気安く人型を取るような危険なことはできない」 人型をとっているだけで、力は凄まじい速度で消費されていく。 契約者を持たないフリーな状態では消費した分の力は二度と回復できない。 そして、力が0になれば、人型を取るどころか、喋ることも、意志を維持することすらできなくなる……つまりただの物に成り下がってしまうのだ。 「だから、ここと決めた場所で、ただの剣として、何百、何千年と自らの主人に相応しい者が現れるのを待ち続けなけるしかないのよ」 動かず、喋らず、普通の剣の姿でじっとしていれば力が消費されることはない。 厳密には意識を、存在を維持する分だけの力は消費され続けるのだが、それはホントに微々たるもので、それで力を0にするためには何万……何億という時間が必要だった。 生物ではなく物であるがゆえに、十神剣の『寿命』は限りなく永遠に等しい。 「あたし達が誕生したのは、この世界の誕生よりも古い……年寄り? あんたはもっと年寄りじゃない材料の頃まで遡るなら……」 異界竜の牙は微かに震えていた。 まるで笑ってでもいるかのように。 「まあ、第三期の神剣に生まれてホント良かったわ。そのお陰で、あたしと妹は、主人が居なくても人の姿で暮らすことができる……」 光、闇、空、大地の第一期の神剣と違って、第三期の神剣であるネメシスは人型としての要素が強いのだ。 分かり易く言うなら、創られた目的の差異によって、ネメシスは他の神剣に比べて、強い自立性を備えているのである。 限りなく、主人を必要としない神剣、それがネメシスだった。 もっとも、いまだにネメシスが独り身な原因がその自立性ゆえなのか、選り好みが激しいからかなのかは定かではない。 「というわけで、あたしと一緒に来ない?」 何が『というわけ』なのか、ネメシスの発言は前後が繋がっていなかった。 「あんたを使いこなせそうな人物に心当たりもあるし……どう、来る?」 答える代わりに、異界竜の牙は自らを戒める鎖を砕き、ネメシスの目の前に突き刺さる。 「オッケイ、じゃあ、一緒に行きましょうか〜」 ネメシスは立ち上がると同時に、異界竜の牙を床から引き抜いた。 「にしても、この鎖、拘束の役に立っていないんじゃないの?」 ネメシスは呆れたような表情で、異界竜の牙を肩に担ぐ。 「所詮は気休めですので……」 「姉さん」 倉庫の入り口にヘスティアが立っていった。 「別に強制的な封印は必要としていないのです。異界竜の牙がここを出ていきたいのなら、いつでも勝手に出ていってくれて構わない……と御主人様はお考えです。もっとも、仮初めでも主人を見つけない以上、出ていくことはないと思いましたが……」 「仮初めの主人というか、運び屋になってあげようと思ってね」 「そうですね、流石に剣であるあなたが剣の主人になるわけにはいきませんものね」 「剣が剣を使うなんて悪い冗談よ」 ネメシスは、小柄な体には大きすぎる大剣である異界竜の牙を軽々と器用に振り回した。 「誰よりも剣という物の全てを知り、剣術も極めてはいるけどね……あたしには武器はいらない、だってあたし自身がこの世で最強の武器なんだから!」 ネメシスはそう宣言した後、異界竜の牙を自らのスカートの『中』にしまい込む。 「じゃあね、ヘスティア姉さん、また会いましょう。次ぎに会う時は斬り合うことになるかもしれないけど……」 「剣としてそれは当然の定めでしょう。次ぎに出会う時には、あなたが独りでないことを祈っていますよ」 「うん、ありがとう、姉さん。じゃあ、またね」 ネメシスは軽い調子で姉に別れを告げると、去っていった。 胡散臭い。 その男に対してクロスが抱いた印象はその一言だった。 牧師のような黒ずくめの服、長い後ろ髪を一本に束ね、シルバーフレームの眼鏡をかけている。 男は常に愛想の良さそうな笑顔を浮かべていた。 (……というか、なんか会ったことがあるようなないような……) 妙にスッキリしない気分がつきまとう。 「初めまして、ルヴィーラ・フォン・ルーヴェと申します」 「……随分とご立派な名前ね、名前負けしてない?」 「良く言われますよ」 明らかに失礼なクロスのセリフに、ルヴィーラは笑みを深めることで余裕ありげに応じた。 そもそも、自分はなぜこの男と向き合ってお茶をしているのだろう? 友人であり隣人であるダイヤの屋敷に顔を出したら、問答無用でお茶会に誘われて……現在に至っていた。 「古物商を中心に手広く商売をしております。、御用の際はぜひ、我がセフィロト商会に……」 クロスがいろいろと考えている間にも、ルヴィーラは一方的に話続けている。 このお茶会の主催者であるダイヤは、ルヴィーラの話を聞いているのか、聞いていないのか、ただ静かに優雅に紅茶を楽しんでいた。 「古物ね……要は古い物ってことでしょ?」 「ええ、伝説クラスの聖剣魔剣から貴重な魔術の道具や材料まで何でもお売りしましますよ」 「店で売ってる伝説クラスの武器ってのもなんか胡散臭いわね……まあ、流石に神剣は売ってないんだろうけど……」 「神剣……十神剣のことですか?」 「へぇ……知ってるんだ?」 クロスは探るような眼差しをルーヴィラに向ける。 「商人ですからね。まあ、流石にアレは取り扱ってませんが……情報で良ければお売りしますよ」 「情報?」 「ええ、神剣がある……かもしれない場所やその場所を探し当てるための手がかり等々、お値段によっていろいろと取り揃えていますよ」 「……『かもしれない』ねえ……そんな程度の情報のくせに法外な値段だったりしそうね」 「そうですね、一番安い情報なら500万でいいですよ」 「はっ……普通の剣を数百本買った方がお得ね。というか、そもそも魔術師のあたしには神剣なんて必要ないしね」 クロスはどこか嘲笑うかのような笑みを浮かべると、カップに口をつけた。 「では、神剣の材料……神界の石たる神柱石などいかがですか?」 「……どうしても押し売りしたいみたいね……いいわ、値段によっては聞いてあげても」 「いえいえ、お近づきの印のサービスというか、茶の席の世間話ですから無料で結構ですよ」 「怖いわね、無料ってのは一番……」 クロスとルヴィーラは互いに含みの有りそうな笑みを浮かべる。 「そもそも、神柱石とは、その名が示すとおり神々の住む神殿の柱の材料……地上でもっとも硬く貴重な金属である重圧変化精神感応金属よりも遥かに硬く……」 「重圧変態……何よ、それ?」 「俗な言い方をするならオリハルコンですよ。アレはかかった負荷や触れた人間の精神に反応して形状だけでなく硬度まで変わる金属ですから、どの程度の硬度なのかはっきりしにくいのですが、地上でもっとも硬い金属なのは間違いないでしょう」 「素直にオリハルコンって言えばいいじゃない……余計な蘊蓄しないで……」 「重圧変化精神感応金属というのが学術的に正しいというか、古い名なのですが……まあ、確かに余計な話でしたね」 「解ったならさっさと本題に言って欲しいわね」 「まあ、慌てずに……つまり、神柱石は地上最高の金属オリハルコンすら遥かに凌駕する金属……いえ、石なわけで、神殿の柱だけではなく、神衣……神々の着る鎧や衣装、そして武器の材料にも使われるわけで……」 「……知ってるわよ。基礎知識講座はいいから……いい加減本題いってくれないと殴るわよ?」 「そうですね、では全てを省いて結論から言うと、ここからすぐ近くの洞窟に神柱石がありますよ……てお話です」 「……今度は省きすぎって気が……もう少し詳しく話を聞きましょうか。ただし、余計な蘊蓄に話を持っていくのはやめてね」 男の胡散臭さは置いておいて、男の話にはクロスは興味を持ち始めていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |